鈴木亮平主演!NHK大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」ゆかりの100名城は?関連エピソードとあわせてご紹介!

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ついに明日2018年1月7日からNHKでスタートする大河ドラマ「西郷どん(せごどん)

明治維新150周年を記念して、林真理子氏原作、鈴木亮平主演で西郷隆盛の生涯を追ったドラマ。

そんな西郷隆盛にゆかりのあるお城をご紹介!

 

日本100名城 92番 熊本城

画像:wikipedia

まずは熊本にある熊本城

築城名人・加藤清正が慶長12年(1607年)に築城した名城。
その後約270年後の明治10年(1877年)2月22日に、西郷隆盛が西南戦争で熊本城を攻めた。

政府軍は谷千城指揮のもと、4000人で籠城戦を仕掛け西郷軍14000人の兵を撃退した。
西郷隆盛軍は清正公の武者返しに苦しめられ一人も城内に侵入出来なかった。

後に西郷隆盛は「おいどんは官軍に負けたとじゃなか。清正公に負けたとでごわす。」と漏らしていた。

なお、2016年の熊本地震の際に現存の石垣や復元された天守閣などが被災した。
現在熊本城はその復旧・復元費用の支援金を受け付けている。
1万円以上の支援をした方には「復興城主」として、市内の各施設などで優待が受けられる「城主手形」が発行される。

詳しい内容は熊本城の公式サイトを確認。

復興城主
今こそ見てほしい熊本城。平成28年熊本地震で大きな被害を受けた熊本城ですが、二の丸広場や加藤神社から、天守閣等を見ることができます。熊本城の復旧状況のお知らせや、二の丸広場等を活用したイベント情報も随時更新しております。熊本城修復の支援を募る「復興城主」制度も情報を掲載しています。

 

日本100名城 93番 人吉城

画像:wikipedia

鎌倉時代の初期に源頼朝の命を受けた相良長頼が築城を開始。
きちんとした城郭になったのは寛永16年(1639年)頃。
実に700年近くに渡って人吉地区を治めていた。

明治4年(1871年)に廃藩置県により廃城となったが、その後明治10年に起こった西南戦争では西郷隆盛軍の拠点となった。

享和2年(1802年)、文久2年(1862年)の火災で城は全焼した。
幕末に一度再建されたが、この西南戦争で再度全焼。
焼け残った堀合門のみ移築され現存している。

また、西郷隆盛軍は人吉・永国寺を本陣としていた。
政府軍との決戦前には永国寺から青井阿蘇神社へ向かい戦勝を祈願した。

西南戦争の田原坂の戦いで敗れた際すでに人吉城は焼失していたため、西郷隆盛軍は永国寺まで退却し本陣として1ヶ月ほど使用していた。

人吉城歴史館 - 歴史・文化|人吉市
人吉市の人吉城歴史館(歴史・文化)に関するページ
【永国寺】アクセス・営業時間・料金情報 - じゃらんnet
永国寺の観光情報 交通アクセス:(1)人吉駅から徒歩で10分。永国寺周辺情報も充実しています。熊本の観光情報ならじゃらんnet 寺宝に初代実底和尚が描いたという幽霊の掛け軸がある。また西南の役の折には、西郷隆盛が本営を置き、33日間在陣した

 

日本100名城 95番 岡城

画像:wikipedia

大分県竹田市にある岡城は、文治元年(1185年)に緒方惟義が築城したのが始まりとされる。
その後建武元年(1334年)に志賀貞朝によって拡張され岡城と名付けられた。

西南戦争では、西郷隆盛軍の野村忍介が約2000人の部隊を率いて政府軍と戦った。
岡城と支城である鬼ヶ城の間にある「茶屋の辻」で激戦が繰り広げられ、両軍あわせて1000人以上の死傷者を出したと言われている。

明治維新後に全て破却され、現在は石垣のみが残っている。
1936年に「岡城址」として国の史跡となっている。

竹田市 岡城跡
堂々たる石垣郡の山城、名曲「荒城の月」を生んだ難攻不落の名城・岡城

 

日本100名城 96番 飫肥(おび)城

宮崎県日南市にある飫肥(おび)城は、南北朝時代に土持氏が築城をしたのが始まりとされている。

西南戦争では小村寿太郎の師でもあった小倉処平が飫肥の総帥として参加。
人吉を撤退した後は野村忍介率いる騎兵隊の軍監としても奮戦した。

小倉処平はイギリスに留学した経験があり博識で正義感あふれる人物だったことから「飫肥の西郷」と呼ばれていた。

西南戦争最後の決戦となった「和田越の戦い」で大腿部を負傷。
その後、高畑山の中腹で自刃した。

現在城下町が「重要伝統的建造物群保存地区」とされている。
また、NHK連続テレビ小説『わかば』のロケ地にもなった。

今回の西郷どんでは出てくるか。。。

飫肥城歴史資料館

 

日本100名城 97番 鹿児島城

画像:wikipedia

鹿児島城は、慶長6年(1601年)に島津忠恒によって築城された城。

現在も遺構として残っている出丸跡に西郷隆盛が私学校を開いていた
明治6年に鹿児島に帰った西郷隆盛が、新政府に不平を唱える士族たちを学習させるために開校した。

近隣には普段着姿の上野とは異なる軍服姿の西郷隆盛像や、生誕の地、西郷隆盛最後の地となる「南洲翁洞窟(なんしゅうおうどうくつ)」などもある。

なお、鹿児島城の御楼門の復元を目指すプロジェクトが実施されている。
鹿児島城は天守などの高層建築が築かれていなかった。
城門がその国を表す一番の顔であったため、御楼門を復元することで都市の風格を高め城下町鹿児島の再興のシンボルとしたいとのこと。

公式サイトでは復元の資金を募る募金が行われている。

鹿児島・鶴丸城 御楼門-ごろうもん
城下町鹿児島の再興のシンボル、鶴丸城「御楼門」(ごろうもん)。

 

西郷どんにゆかりのある日本100名城

ということでざっくり西郷どんにゆかりのある日本100名城をご紹介。
ついに明日20時からスタート!

お城以外にも当時の生活風景や西郷どんを始めとした人物がどのように描かれるのか!?
楽しみにしている!

 

NHK大河ドラマ『西郷どん』
極貧の下級武士にすぎなかった素朴な男・西郷隆盛(西郷どん)が、南国奄美で愛に目覚め、勝海舟、坂本龍馬ら盟友と出会い、揺るぎなき「革命家」へと覚醒し、やがて明治維新を成し遂げていく物語。

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